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ジャコメッティと二人の日本人(6) [美術史]


石井好子氏のエッセーに描かれたのと同時期の、矢内原伊作氏の記述です。

★これ以後は「ジャコメッティとともに」からの採録ですが
後に出た「ジャコメッティ」では削除された内容を含みます。

「日とともに焦燥が加わった。仕事の困難ばかりでなく、ぼくの出発が数日後に迫っている
という思いが彼を苦しめた。ぼくは10月29日にカイロに向かって発つ予定で、すでに二度も
出発を延期した以上、今度こそどんなことがあってもパリを離れようと決心していたのだ。」

10月26日 これまで窓からの自然光で描いていたが、この日から
       電燈の光で描くバージョンを始める。
       「実に不思議だ。電燈の光による方が頭の構造がよく
       見える。」非常な速度で彼は描いて行った。
       
       この日は石井好子を夕食に招待した日であったが、彼女
       のエッセーにあるように、1時間ほど待たせてしまう。
      
10月27日 「またもや破壊と試作の反復。レアリテとの激しい格闘」
       「5時頃いったん休憩し、カフェに行く。ゆで卵二つと
        コーヒー、これがジャコメッティの朝食兼昼食だ。」
        
       「その後アトリエに戻り、昨日始めた絵にかかったが、
        もう少し、もう少しと言いながら彼は12時近くまで
        描き続けた。」
        
       「その夜、夫妻とぼくはモンパルナスに出て遅い食事を
        した。夜中の2時頃、夫妻と別れてホテルに帰った
        ぼくは、そこに意外な1通の速達をみて驚いた。」

(この通知はエール・フランスからの通知で、ストライキのため欠航になるというもので、
矢内原氏の帰国はさらに11月2日に延期された。)

10月28日 「今朝は7時まで想像で君の顔を描き、それから寝たの
        だが良く眠れなかった。妙な夢をたくさん見た、そして
        12時前に起こされてしまった。

        かかりつけの医者のフランケルが戸を叩いたからだ。
        フランケルは何のために来たと思う?今日はアネット
        の誕生日で、そのお祝いに来てくれたのだ。
        
        ああ情けない、私は今日がアネットの誕生日だという
        ことをすっかり忘れていたのだ。悲しいことだ。」
        
       「君が発つまでにまだ五日もある!この五日は大きい。
        私は絶対君の顔を描けるだろう、絶対に、絶対に!」
        
 (この日は特にアネットの誕生日ということでレストラン「地中海」で食事しながら音楽、
文学、二人のロマンス、戦時中のジャコメッティの生活についての会話が弾んだ。)

10月30日 「貧しい裸電球の下で仕事を始めながら、『ああ』と
        かれは感嘆の声を上げる。『何ですか』と聞くと
        『今きみの背後に美しい湖が見えた。夕焼けの光を
         受けた大きな湖水だ、恍惚となるほど素晴らしい
         湖だった。』」

         エジプトと英仏の間で戦闘が始まり。11月の出発は
         ほぼ絶望的となる。

(仕事の時間がだんだん長くなり、夜、筆をおくのが11時あるいは12時になった。

「ポーズをするために自分の自由な時間が無くなる、と言ったことはもはや問題ではなくなって
いた。ジャコメッティの仕事に立ち会い、彼と話をすること以上に素晴らしい勉強はないという
ことがよく分かっていたからである。」
 
(この頃矢内原氏はジャコメッティの生活パターンに合わせ、寝るのはたいてい明け方の6時頃
 であった。★まるで毎日が大晦日と元旦みたいなものですね)

11月9日 ソ連のハンガリー攻撃に対する抗議文をサルトルが出した
      ことに感激して、ジャコメッティはサルトルに会いにゆく。
      
     「ぼくがモデルをしていた3ヶ月の間に彼が自分の方から
      進んで人に会いに行ったのは、あとにもさきにもこの時
      だけである。」               

(矢内原氏は11月中旬、11月30日の座席を予約する。しかし制作はますます困難を極め、
 いつ果てるとも知れない状態が続く。)

「『だめだ、どうしても上手く行かない。これは不可能な仕事なのだ、不可能な試みに執着する
のは狂気の沙汰だ。』と彼は描きながら言う。『それなら狂人のためにポーズする人間はどうな
のですか。』とぼくが言うと『私が狂人なら、私のためにポーズする君は私以上の狂人だ。』
と彼は答えた。」

つづく


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