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ジャコメッティと二人の日本人(5) [美術史]

★写真はアトリエのジャコメッティ夫妻、
下は「ナチュリスト」でマヌカンを従えて歌う石井好子です 。

では10月26日のつづきを

★ジャコメッテイ夫妻が矢内原伊作氏と石井好子氏を食事に誘った晩の話です。
 まずは石井好子氏の記述です。

「その夜はまた(レストラン)シェ・リップに行った。
アネットと矢内原さんが歩いて行く後を私とジャコメッティがついて行った。
『おかしいね。矢内原は私が行った翌日にナチュリストに行ったんだって』
彼はおかしそうに笑った。

食事の最中また、『次の夜は何に生まれたいか』が話題になり、
アネットは『オペラ歌手』、ジャコメッティは『娼婦かマヌカン』
といい、「その姿じゃね。」とみんなに笑われた。
(★マヌカンとは、歌い手のバックで半裸で踊る役の女性たちです。)

矢内原さんは「今のままの自分になりたい」と言ったので、私は少し
腹を立てた。「いい気なもんだ」と思ったのである。ジャコメッテイも
ちょっと驚いた風に、『セ・フォルミダブル!』(なんとすてきな事だろう」
と大げさに声を上げた。 

楽しくなってくる頃『いやだいやだ。毎日同じ事の繰り返し』
といいながら私は立ち上がった。
ジャコメッテイは『仕事をするという事には独立と自由がある。
家に引きこもっているよりずっと素晴らしい。』
と励ましてくれた。
(「想い出のサンフランシスコ 想い出のパリ」より)

★ 同じ場面を矢内原氏も書いています。

「僕らはタクシーでサン・ジェルマン・デプレに出かけ『ラ・フロール』
の向かいにあるレストラン『シェ・リップ』で食事をした。

ジャコメッティが知人と話をするために席を立っている間に、ぼくは
二十九日つまり明明後日にパリを発つ旨をアネットと石井さんに告げた。

『アルベルトはそれを知っているのですか、それはどうしてもアルベルトに
言わなくてはいけないわ』とアネット夫人は驚き、ぼくは『いや、アルベルト
には言わなくていいですよ。出発がいつであろうと彼が全力を挙げて仕事する事に
変わりはないのだから、予告せずに出発する方がいいと思う。予告する事は
仕事を妨げる事にしかならないだろうから。』と言った。

ジャコメッテイが席に戻るとすぐアネットは夫に『矢内原は二十九日
に発つと言っている。あなたは知っているの?』
『はっきりとは知らなかったが、後二三日の命だとは思っていた。
後二日、ああ。』彼はまるで死刑を宣告されたように暗い苦痛を顔に浮かべた
…中略

…食事はおいしく、満員のレストランは華やいだ活気に溢れている。
キャバレー『ナチュリスト』に出演している石井さんはその仕事の
苦労を話し、厭だけれども生活のためにやむを得ず働いているのだと言った。

それに対してジャコメッテイは、『いや、あなたの職業には独立と自由がある。
それは因習的な家庭に収まっているより遥かにいいではないか。もしも私が女
だったらキャバレーのダンサーになりたいと思うだろう』と言う。

『それはいいけどそれには美人でなくてはね』とアネット。
それから話は、もしももう一度この世に生まれ変わるとしたら何になりたいか、
という事になった。

ジャコメッテイはダンサーになれなかったら娼婦になりたいといい、
アネットは眼を輝かせて、私は素晴らしいオペラ歌手になりたいと言う。

『で、ヤナイハラは?』と聞かれてぼくは、『そうですね、もう一度生まれ
変わるとしても現在のぼくと同じものになりたいですね』と答えた。自然に出て
来た言葉だったが、この答えはちょっと皆を驚かせたらしい。

ことに石井さんは、『矢内原さんは幸福なのね、私はとてもそんな風には
考えられないわ。でも、本当にそう思うの?』
と半ば感心し、半ば疑わしそうに言う。

その通り、僕は幸福なのだ。ジャコメッテイ夫妻や石井さんとこうして
牡蠣を食べている、これ以上に素晴らしいことがまたとあろうか。
ジャコメッテイはぼくが言おうとしていることの意味をすぐ理解して言った。

『つまり、君は人間が完全に自由な存在なのだと言いたいのだろう』と。
しかし石井さんは賛成せず、人間は自由ではない、自分は生活のために
厭厭ながらキャバレーに出ているのだと繰り返して言い、その厭な職場で
働くために一人だけ先に座を立って出て行った。

(「ジャコメッテイとともに」より)


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Bruxelles

多分間違っているとは思うのですが、丈さんは、丈創平さんですか?違いますよね。
by Bruxelles (2010-10-14 19:33) 

丈

返信遅れ申し訳ありません太田丈夫と申します。
「ふみお」と読む人が多いので、太田丈で通すことが多いのです。

すると「なんと読むのですか』と聞かれるので、おおたじょう、と答えます。

「ふみお」と誤読されるよりまし,というわけです.
by (2011-06-29 12:10) 

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